上場企業や大会社などの場合、決算を迎えるにあたり経理部門は決算業務や監査法人等による会計監査の対応で業務量が増大し大きな負担を強いられることもあるのではないでしょうか。そうした状況を目の当たりにしている社員の中には「会計監査は本当に必要なのか、経営に役立つのか」などと感じる方もおられるかもしれません。
ここでは会計監査が決算およびその決算業務にどう影響するかといった点を取り上げ、そうした内容を明らかにしていきます。会計監査の内容や目的のほか、メリット・デメリット、社内の監査対応のあり方など、企業経営に与える影響を説明していきましょう。
1 決算業務と会計監査に関する問題点
公認会計士や監査法人からの会計監査を受ければ、決算業務は効率化し適正な決算書類が作成されると期待している方もおられるでしょう。実際そのように会計監査が機能することも少なくないはずです。しかし、会計監査を実施しているにもかかわらず、粉飾決算の発覚、決算業務の負荷の増大といった問題が少なからず見られます。ここではそうした問題点をいくつか紹介しましょう。
1-1 粉飾決算などの不正会計処理は完全に防げていない
上場企業などは監査法人等による会計監査を受ける義務があり適正な決算書類の提出が求められていますが、粉飾決算といった不正会計処理の問題が実際には発生しています。
ここでいう不正会計処理とは、単に会計処理を適切に処理できなかったというミスの類ではなく、経営者が意図的に不当或は違法な利益を得ようとして行った処理のことです。不正会計処理の結果、その決算書類は事実が歪められていることになり、投資家、取引先や金融機関等には間違った意思決定を行うという可能性を生じさてしまいます。
そうしたトラブルを未然に防ぐためにも公認会計士や監査法人による監査が実施されるわけですが、それでも不正会計処理を完璧に防ぐことはできていないのです。
2014年7月~2017年6月の期間で東京証券取引所の一部・二部、JASDAQ、マザーズ等における「適切な会計処理」や「子会社の不正会計」などで決算修正した企業は80社以上にも上ります。ただし、この数値と上場企業数との割合でみると各市場の割合は2~3%程度と低く、会計監査が一定の機能を果たしているともいえるでしょう。
監査法人が上場企業に対して行った2016年の調査によると、企業内で不正が発覚したケースは全企業の25%~30%となっています。こうした不正は社内監査や会計監査で発覚し、決算修正に至るケースは極わずかであったため会計監査はその役割を果たしているといえるでしょう。
しかし、東芝のような大規模な不正会計処理の事件が発生するというのも事実です。2015年2月に過去に提出した有価証券報告書等の会計処理に関して証券取引等監視委員会から報告命令等を受け、その後の調査により事件は発覚するに至りました。この事件につき2015年12月25日に東芝は、金融商品取引法上の有価証券報告書等の虚偽記載、つまり不正会計処理に対する課徴金として73億余りを支払うと発表しています。
一方、東芝の会計監査を担当していた新日本有限責任監査法人に対して、金融庁は新規契約の停止3か月、業務改善命令、課徴金約21億円、担当会計士への懲戒処分を発表しています。その理由は、以下の通りです。
A 東芝の財務書類の監査で相当な注意を怠った
B 重大な虚偽を有する財務書類を重大な虚偽がないとして証明した
C 監査法人の運営が著しく不当だった
これほど高額な課徴金が企業や監査法人に対して下されるのは異例といえますが、それでも年に何件かは不正会計処理が発覚しています。この騒動により東芝の株価は大きく落ち込み、そのことで金融機関や機関投資家などから多額の損害賠償請求を受けているのです。また、同社に融資している金融機関はさらに多額の追加融資が必要となっています。
このように不正会計処理によってその会社のステークホルダーは大きな影響を受けることになり、当事者の会社もケースによっては倒産に追い込まれるケースもあるのです。そうなれば、さらにその会社の資金提供者である株主や金融機関だけでなく、仕入先・取引先や社員にも大きな影響を及ぼすことになります。
会計監査は一定の機能を果たしていると考えられますが、被監査会社や監査法人の取り組み次第では十分な効果が発揮されないこともあるという点を忘れてはならないでしょう。
1-2 会計監査自体のコストや経理部門の業務負担も増大する
上場企業等にとっての会計監査は法的な面から受ける義務があり、ステークホルダーからの信頼を得るという面からも受けることが求められます。しかし、会計監査への取組次第では余計なコストや経理担当者等の業務負担の増大を招きかねないので注意が必要です。
会社の経営者や経理担当者等と監査法人とのコミュニケーションが悪い場合は、監査工数や決算工数が増加し予想外の監査コストの増大に繋がりかねません。両者の意思疎通が悪いと監査法人に必要な資料の提示が遅れ、そのことで処理の修正が求められるという事態も発生しやすくなります。また、実際の決算業務に必ずしも必要といえない資料の提出が求められ、余分な作業が増加し経理担当者の負荷が増大することもあるのです。
会社側と監査法人との間で十分なコミュニケーションが取られない場合、監査法人は企業の考えや状況に対する認識の程度が低くなり、保守的な監査方針になることも考えられます。そうなると、監査工数はさらに増え監査費用が大きく膨らんでしまいかねないので要注意です。会社側は会社の状況を会計監査人へ丁寧に説明し、会社の実情に即した会計処理が認められるように十分なコミュニケーションをとる必要があります。
1-3 決算発表の時期に影響する
上場企業の中で決算発表の時期が遅いと考えられる企業には、会計監査での監査自体や会社側の監査対応での工数の増大が影響しているケースもあります。
東京証券取引所に上場している会社の平成28年3月期決算をみると、その決算発表を決算日後30日以内に実施している企業は20%にも満たない状況です。一方、45日以降に決算発表している企業は約30%となっています。
決算発表での早い・遅いに繋がる理由はさまざまですが、決算資料の作成と財務分析に問題があるケースが少なくないようです。決算資料については資料に漏れがある、無駄がある、重複がある、内容が分かりにくい、といった点が多く決算業務での工数の増加に繋がっていきます。
また、決算内容の財務分析が不十分となっていると、監査人からの質問や指摘も多くなり監査対応業務での工数の増大に繋がり決算発表までの時間も長くなるわけです。
逆に決算業務並びに監査の対応業務を適切に行えば、業務は効率化し決算工数や監査工数も減少して、コストの低減と決算発表の早期化も実現しやすくなるでしょう。また、それらの工数が減少することは経理業務等を担当する社員の負担を軽減することにも繋がるので、会計監査への対応は疎かにすることができません。
2 会計監査とは
ここでは会計監査の主な内容、目的や役割などのほか、導入・利用することによるメリットやデメリットなどを説明します。
2-1 会計監査の主な内容、目的・役割とは
最初に会計監査の主な内容、目的等を紹介しましょう。
①会計監査とは
会計監査は、一般的に公正妥当と認められる監査の基準に従い、一定の品質管理手続の下で公認会計士または監査法人が行うもので、企業の財務情報に高い信頼性を保証する行為です。
具体的には、企業から提供される財務諸表が会計基準に準拠して作成されているか、重大な間違いや偽りがないかなどの確認が行われます。なお、その会計監査を担当し実施する公認会計士または監査法人は会計監査人と呼ばれています。
企業の経営に関する監査はいくつかがありますが、社外の独立した第三者である会計監査人による会計監査と、社内監査である監査役による監査役監査が代表的です。監査役監査は企業の業務で違法性がないか、非効率になっていないかなどの確認が主な目的になります。一方、公認会計士や監査法人による会計監査は企業の財務諸表の内容を確認しその信頼性を保証することが目的とされ、実施されるのです。
公認会計士監査は会社法、金融商品取引法のほかその他多くの法令のもとで各種会社および団体に義務付けられ、各組織の会計情報の信頼性の構築に活用されています。
②会計監査のタイプ
公認会計士が実施する会計監査は、「法定監査」と「任意監査」に分けられます。
・法定監査
法定監査とは、法令等の規定によって義務付けられている監査のことです。例えば、金融商品取引法や会社法に基づく会計監査が代表的といえるでしょう。
A 金融商品取引法による監査
上場企業が提出する有価証券報告書等に含まれる貸借対照表や損益計算書等の財務計算に関する書類は、公認会計士または監査法人の監査証明を受ける義務があるとされています。(金融商品取引法第193条の2第1項、同第2項)
B 会社法による監査
大会社および委員会設置会社は、会計監査人の設置が義務付けられ、会計監査が必要であるとされています。(会社法第327条、同第328条)なお、会計監査人を設置した会社も会計監査が必要です。
会計監査人の資格は、公認会計士または監査法人であることが求められています。なお、会社法に規定する大会社とは、最終事業年度の貸借対照表上の資本金として計上した額が5億円以上または負債として計上した額の合計額が200億円以上の会社です。
また、上記の法令による会計監査のほか、労働組合法に基づく労働組合監査、信用金庫法に基づく信用金庫監査、私立学校振興助成法に基づく学校法人監査、消費生活協同組合法に基づく生活協同組合監査などがあります。
・任意監査
任意監査とは、法律による会計監査は要求されていない中小規模の法人等が任意で受ける公認会計士による監査のことを指します。任意の監査ですが、実施すれば以下のようなメリットが期待できます。
A 財務情報の信頼性や情報開示の適正性の向上によりステークホルダーからの信頼度が向上する
B 不正やミスを防止できる社内管理システムの構築に繋がり、適正で効率的な会計業務が実現できる(他の業務の適正化も期待できる)
C 金融機関などからの直接的な監査要請に応えられる
③会計監査の流れ
会計監査の主な流れ・手順は次のようなステップを踏んで進められます。
・監査に対する社内状況の確認と監査契約の締結
監査法人等が会社等からの会計監査についての相談を受け、その会社での会計監査が可能どうかの判断が最初に行われます。
会計監査を実施するには、被監査会社における監査への協力体制や、監査に対応できる内部統制が求められるため、それらが整っているかという点が確認されることになるのです。この確認作業が予備調査であり、その結果で問題がなければ監査契約の締結へと至ります。
・リスク分析と監査計画の策定
会計監査では大会社等の被監査会社の経理処理を全部チェックすることができないことから不正やミスの発生が高い部分をリスクとして監査するためのリスク分析が必要です。
リスクを分析し評価するために、被監査会社のチェック機能(ガバナンス)、会計業務、内部統制の状況や取引の実情などが確認され、リスクがあぶり出されます。こうしたリスクに的を絞った方法を取ることで監査業務は効率的に実施されますが、そのための監査計画が策定されるのです。
・監査手続の実行
作成された監査計画に従って、一般的に複数人の公認会計士によって監査手続が実行されます。従業員数が何万人以上といった巨大な企業になると、会計監査人の数は何十人から百名を超すことも珍しくありません。
なお、監査手続とは、監査意見を形成するために必要十分な監査証拠を得るための手続のことです。会計監査人は、被監査会社の財務情報に対する意見を形成するに足る監査証拠を整えていく必要があり、監査手続はそのための手続行為といえるでしょう。
監査手続の種類としては、実査、立会、視察、閲覧、確認、質問、証憑突合、再計算、勘定分析、分析手続などがあり、試査(サンプル確認)により行われます。これらの方法は単独のほか、組み合されて実施されるケースも珍しくありません。
例えば、一般的な監査手続では、現金や受取手形・小切手などは実査で、預金や売掛金等は確認で、棚卸資産は実査および立会で、財務諸表全体に対しては分析手続が行われています。
・監査意見の形成
企業等から監査の依頼を受けた会計監査人はその監査結果に関する意見を表明する役割を担っていますが、その意見を決定していくことが監査意見の形成ということになります。
上記の監査手続を通じて、財務諸表で重大な虚偽内容がないことを証明できる十分な証拠を得られる場合は「適正意見」の形成・表明に繋がります。逆に重大な虚偽内容の存在を証明できる十分な証拠が得られる場合は「不適正意見」の 形成・表明へと繋がるわけです。
なお、状況によっては監査人の意見が表明されないケースもあり、その場合は「意見不表明」として示されます。つまり、意見不表明になると、監査報告書で監査意見が表明されない事態となるわけです。
意見不表明となる場合、財務諸表に対する意見表明が不可能といえるほど、会計記録が十分に整っていない、必要な監査証拠が入手できない状況といえるでしょう。そのため不適正意見と同じくらいに、その会社の決算情報は信用に足りなりという評価が下され、上場企業の場合は上場廃止へ繋がることもあり得ます。
なお、監査意見の表明は監査報告書を通じて実施されます。
・監査報告書の作成および提出
意見表明の前に監査を行った監査人とは別の監査人が、適正に監査されたかを確認する審査が実施されます。その審査で問題がなければ監査報告書が作成され提出されることになるのです。また、そのさいに被監査会社は監査法人等から監査実施内容やこれからの課題などについての報告を受けることになるでしょう。
④会計監査の期間
会計監査がどのような時間軸で実施されるかを紹介しましょう。
・会社法の監査報告までの期間
会計監査人の監査報告は、会社計算規則130条により以下のいずれか遅い日までに、特定監査役および特定取締役へその内容を報告することが義務付けられています。
A 計算書類の全部を受領した日から4週間を経過した日
B 附属明細書を受領した日から1週間を経過した日
C 特定取締役、特定監査役および会計監査人の間で合意により定めた日があるときは、その日
以上のように法的には一定の監査期間が確保されています。しかし、上場企業は決算短信の作成・公表が要請されており、決算短信の公表に向けた日程を考慮すると監査業務の日程は決して余裕が大きいとは見られていません。
・3月決算企業の実際の(期末)監査期間
日本公認会計士協会 JICPA リサーチラボでは、平成29年12月8日に「期末監査期間に関するアンケート調査結果の概要(中間取りまとめ)」を発表しています。その調査の結果によると、2017年3月期の決算短信発表における会社の分布状態は大きく2グループに分かれ、各グループの期末監査期間は以下のようになりました。
A 大型連休前に発表したグループは約12日間:
実質的な期末監査が4月11日前後から開始、4月22日前後に終了している
B 大型連休後に発表したグループは約16日間:
実質的な期末監査が4月16日前後から開始、5月1日前後に終了している
・3月決算企業の期中監査と期末監査に対する一般的なスケジュール
3月決算企業の期末監査までのスケジュールは以下のようなイメージになります。
期中監査(7月~2月) | 期末監査を迎えるまでに期中で受ける監査のことです。いつするか、何回するかなどは、被監査会社の業種・事業内容や規模などによって変わってくるでしょう。監査では、重要な決済書類等の閲覧による確認、法令遵守状況・内部統制の整備状況・取引状況・会計処理状況等の実地調査などが行われます。 |
---|---|
期末前監査(3月頃) | 期末前監査は期中監査に属するものですが、期末監査時の確認事項や問題点を事前に掴み検討できるように、期末監査の前に実施されるケースがあります。もちろん被監査会社の事業内容や事業規模などによりその必要性がない場合に行われません。 |
実査、確認、棚卸立会等の監査手続(3月末~4月上旬) | 決算日(3月末)での財産状況をできるだけ正確に掴むために実査など現物確認の監査手続(帳簿残高に対する確認、外部も含む)が実施されます。 |
期末監査(5月) | 決算数値に対する検証手続として、被監査会社が作成した決算整理後の試算表の適正性、計算書類の適法性などが確認されます。そして、最終的に監査人が積み重ねてきた監査証拠に基づいて判断した結果を監査報告書として作成・報告へと至るわけです。 |
2-2 会計監査のメリット
ここでは会計監査を受けることで得られる5つのメリットについて紹介します。
メリット① |
|
---|---|
メリット② |
|
メリット③ |
|
メリット④ |
|
メリット⑤ |
|
①財務諸表等の信頼性の向上、社内チェック機能の強化、ステークホルダーの信頼の向上
独立した外部の第三者機関である会計の専門家による監査を受けることで、決算情報の信頼性が向上し、投資家や金融機関等の資金提供者のほか、取引先からの信頼が高まるでしょう。
②適切な経営判断に必要な信頼性の高い財務情報が随時把握できるマネジメントシステムの構築や経営力の強化
会計監査を受けるにあたり、内部統制などの社内管理体制の整備が求められることからマネジメントシステムの確立やその質の向上が期待できます。また、会計監査に向けた導入準備や監査を受けていく中で適切な計算書類が作成される業務プロセスの構築・維持も実現しやすくなるでしょう。
そして、そうしたプロセスが実行できるようになれば、正確な企業の経営状態がタイムリーに把握できるようになるため、適切で迅速な意思決定もしやすくなります。営業成績や財政状態が適時に把握できれば、設備や機械が直ぐに購入できるか、人員を補充できるか、資金は不足しそうにないか、などが適切に掴めるため素早い意思決定ができます。つまり、適切な経営判断が下しやすくなり業績の向上へ繋げられるわけです。
③会計の専門家からの経営課題に関する助言や課題解決への協力
一連の監査業務を通じて会計監査人からさまざまな経営に関する助言が得られることもあり、業務の改善や効率化へ結びつけることも可能です。
会計監査人から会計業務に関する問題点のほか、社内管理システムの不備などさまざまな点が指摘されることになるので、経営上の問題点が把握しやすくなります。また、問題や課題に対するアドバイスも得られるので、業務改善に向けた具体的な対策も立案できるようになるでしょう。
④会計処理のミスだけでなく不正の防止にも貢献
会計士監査は特に不正を発見するためにするものではないですが、結果的に不正を発見するケースが少なくないです。つまり、「監査=不正の発見」に繋がるため、不正の早期発見や不正防止の効果が得られます。
不正の内容にもよりますが、不正は自社の業績に悪影響を及ぼすだけでなくステークホルダーに不利益を与え結果的に彼らにおける信頼の喪失に繋がりかねません。そのため、不正の防止効果は非常に重要な価値があり、会計監査に大きな期待が寄せられるわけです。
⑤業務プロセスの改善と効率的な経営への支援
監査業務を通じた監査対応は、社内の会計処理などの業務手順が整備されるきっかけとなり、業務の標準化やコスト削減に繋がり企業全体の業務改善が期待できます。また、社内のさまざまな規定や内規などの整備や定着も促進されるかもしれません。
会計監査人の助言や指摘から社員個人のやり方に依存した属人的な業務プロセスを標準化したり、見える化したりして効率的な業務へ改善していくことも可能です。社内にある業務に関する暗黙的なルールが明文化され、手順などが明確に示されれば、業務上のミスやトラブルは減少し効率的な業務遂行が実現されていくでしょう。
業務プロセスの標準化等が進めば、経理部門等の責任者や担当者の育成に役立つほか、異動による引継ぎなどもトラブルなくスムーズに済ませられるはずです。
2-3 会計監査のデメリット
上場企業や会社法の大企業に該当する企業の場合、会計監査を受けるのは義務であり受けなければならないですが、過少とはいえないコストがかかるなどのデメリットが生じます。
しかし、それ自体はやむを得ないことですが、取り組み方次第でさらに大きなデメリットになり得るのでここではその点について説明します。
デメリット① |
|
---|---|
デメリット② |
|
①監査法人とのコミュニケーションの悪化によるコストの増大
会計監査人と企業の経営者や担当者等との間のコミュニケーションが悪い場合、監査業務で対立するケースも生じないとは限りません。
その対立が深まれば、監査人は企業の細かい実情に目を配る姿勢が弱くなり標準的な監査を進めていきやすくなります。一方、企業側は監査人とのコミュニケーションが悪くなると、業務のあら探しをされているような気分となり監査への協力姿勢が弱くなってしまうのです。
こうした事態になると監査業務の進行は遅れ、監査する側もされる側も各々負担が増し疲弊していくことになりかねません。加えて監査における工数が多くなり当然コストが増大し経営にとっての負担が増します。また、監査が遅くなることで決算発表の時期も遅くなってしまうのです。
このように監査に関する取り組み方を誤ると、受ける側の負担はより一層大きなものになるため関係者の適切なコミュニケーションの取り方が求められます。
②監査対応が悪いとコストは増大
会計監査人が必要とする資料を適宜提供できなかったり、質問に的確に答えられなかったりする状況では、監査業務は長引き監査コストが増大します。
会計監査人の仕事は、企業が提出した決算に関わる会計情報や資料が正しいかを判断するための作業であるため、それらの検証に必要な会計データや資料が欠かせません。また、それらのデータ等の内容を確認・分析するために企業の担当者に質問することも少なくないのです。
こうした会計監査人が要求することに対して正確なものを提供し、迅速に答えることで監査業務は効率的に進められ、会計監査の早期完了に結び付きます。逆にそうした対応ができれなければ、監査業務は停滞しやすくなり完了が長引き監査コストも増大します。
会計監査人がどのようなデータや資料を要求し、どんな質問をしやすいかを事前に把握することは不可能ではありません。つまり、それらを監査前に把握して準備の上対応できるようにしておけば、スムーズな監査が実現できるのです。
3 監査対応とは
ここでいう監査対応とは、監査法人や公認会計士から会計監査を受ける会社側の監査への対応を指します。
具体的には、会計監査人から求められる帳簿等の資料を準備したり、質問に答えたりする業務のほか、それらの業務への事前の準備などです。また、そうした業務を遂行する上での会計監査人とのコミュニケーションに関する取り組みも含めるべきでしょう。
これらの対応の仕方がよければ効率的な監査が実現され、監査コストのみならず監査側および会社側の監査業務での負担が軽減され早期の決算発表も期待できるのです。
3-1 監査対応でのポイント
会計監査をスムーズに進行させるためには、会計監査人が必要とする帳簿等の資料が直ぐに提供できること、質問に的確かつ迅速に回答できることが大切です。
なお、会計監査を初めて導入して受ける場合と初めてでない場合に分けてそのポイントを確認していきましょう。
①何度か会計監査を受けている場合
初めてではなく何度か会計監査を受けている場合、監査人から何が要求されるのか、何が質問されるか、凡その検討がつくはずです。また、自社の経理業務等でどのような準備をしておけば監査が円滑に進むかという点も掴みやすいので、それらを整理して事前に用意しておくことが望まれます。
経理部門の監査対応を任される担当者が異動しなければ、各年の監査でどのような資料の要求があったか、質問があったかという点を把握することは難しくないでしょう。それらの内容を整理すると、毎回同じような資料の提出が求められ、同じような質問がされているのに気が付くはずです。
もちろん例年と違った内容の要求もあるでしょうが、監査法人が変更されなければ毎年の要求に大きな違いはなく、事前の準備は十分にできるといえます。ただし、監査対応の準備は担当者任せにしてはいけません。その対応を標準的な業務と位置づけやるべきことを整理の上標準化し、実行させるというマネジメントも重要になります。
なお、仮に別の監査法人に変わったとしても、基本的に調べられることはだいたい同じなので、それまでの監査対応で得た情報に基づいた準備を進めればよいでしょう。
②初めて会計監査を受ける場合
初めて会計監査を受ける場合、監査前での会計監査人との監査に関する適切な協議を通じて、どのような体制、どのような準備で臨めばよいかを把握し実行するべきです。
監査を初めて受ける場合、監査契約の前に導入に向けた支援業務の実施、被監査会社の内部管理体制、事業状況や事業内容などの確認があります。また、内部管理体制の確認後では、期中取引の一部について正確に会計帳簿へ反映されているかなどの確認も行われるのです。
決算日前では期末監査に向けて、決算にあたっての問題点、決算作業スジュール、期末監査で必要な資料 などについての打ち合わせが行われます。
このように初めての会計監査であっても、監査法人と会社側での監査に関する協議も多いので、被監査会社の監査対応の準備内容について確認することは難しくありません。
会計監査人だからといって、近寄りがたい存在として距離を置くのではなく、そうした機会に準備内容について経理担当者等は積極的に確認するべきです。実際にその内容を確認し実行していけば、監査工数は減少し円滑な会計監査の進行が実現できるようになります。
3-2 監査の導入準備および期中・期末監査で求められる書類・資料
ここでは会計監査の導入前から期末監査までに必要なる書類・資料や会計監査人からの質問について簡単に紹介しておきます。
①書類・資料
第一に被監査会社の定款、登記簿謄本、株主総会や取締役会などの議事録、各種稟議書、組織図などの書類・資料が必要です。また、会計面では経理方針も問われるので、その内容を明確に示す必要があり経理規定などの提出が求められます。ほかにも各種社内規定やマニュアルも準備しておくべきでしょう。
第二に決算書類や税務申告書のほか、試算表、仕訳帳、総勘定元帳など監査対象期間の会計資料が必要となります。また、監査人の検証作業に応じて会計処理の根拠となった情報の確認が必要となるため、契約書や請求書などの証憑書類の提出も適宜求められるのです。
以上のとおり会計監査では、会計処理に関わる書類・資料など広範囲のものの提出が要求されるので、事前に必要なものを整備できる体制を整え、実際に整理・保管しておかねばなりません。
②新たに求められる書類・資料の作成
会計監査では①のように企業側で準備できている資料の提出以外に、会計監査人から新たな書類等の作成が要求されることもあります。
具体的には、計算書類、残高確認書(状)、各種分析資料などの作成です。どのような書類等の作成が必要になるか、どの程度の質・量が必要になるかは、被監査会社の規模、業種や事業内容などにより異なりますが、ケースによっては大きな負担になることもあるでしょう。そのためできるだけ早めに作成が必要な書類等に関する情報を得て事前に対応方法を検討することが時間短縮とコスト削減に繋がるはずです。
③監査対応で必要となりやすい資料とよく受ける質問の例
・帳簿関係
各種の会計帳簿が確認されますが、仕訳帳や総勘定元帳が代表的です。仕訳帳は年間のすべての取引が仕訳記帳されている資料として提出が求められるでしょう。一般的に仕訳帳は企業の会計システムから容易に取り出せるので大した負担にはならないはずです。
なお、財務諸表である貸借対照表や損益計算書に記載されている科目の内容について確認されるケースがあります。例えば、売掛金、未収入金や前払金の内訳や仮払金の内容などが聞かれるわけです。
これらの質問に迅速に答えられるように勘定科目内訳明細書などを準備しておくとよいでしょう。
勘定科目内訳明細書は、賃借対照表や損益計算書の勘定科目の内訳を示す決算書類で、法人税法でその提出が義務づけられており、決算日の翌日から2カ月以内に税務署への提出が要求されています。つまり、勘定科目内訳明細書は確定申告で必要となるものです。
どうせ必要となるものなので、早めにこれを準備して会計監査人に提出しておけば、これに関する質問は不要となり両者の手間が軽減され、確定申告への準備にもなります。
なお、勘定科目内訳明細書は国税庁のフォーマット(手書き用)を利用できますが、会計ソフトで勘定科目内訳明細書を作成できるケースも少なくないので、利用すると作成の負担も小さくなるでしょう。
また、売掛金や買掛金などの各科目で大きな増減がある場合にはその理由を答えられるようにしておくべきです。例えば、前期の売掛金残高と比べ当期の売掛金残高が大幅に増えている場合の理由を事前に調べておき、一覧表などにまとめて直ぐに回答できることが望まれます。
前期と当期の貸借対照表や損益計算書で大きな違いがある場合などは特にその差異分析ができていることが望ましいでしょう。
・売上や仕入の計上を証明する根拠資料
実際に売上たり仕入れたりした計上の根拠とある出荷伝票、納品書、請求書などが実際に発行され保管されているかなどが確認されます。
取引額の大きいものの中で実際に取引が行われたか、架空計上がなかったかといった観点からそうした根拠資料の提出が求められることは多いです。どの根拠資料の提出が要求されるかは不明ですが、金額の大きな取引(売上および仕入)については事前に用意しておいたほうがよいかもしれません。
・残高確認と差異についての理由の把握
決算日後、未収金・未払金等の債権債務などに関して、預け先に残高確認状が送付され、その返信による金額と計算書類の金額が一致しているかどうかの確認が行われます。もしその金額が一致しない場合は、監査人より理由が問われることになるので、原因を追究し明らかにしておかねばなりません。
ケースによっては完全に差異の内訳を把握できないこともあるでしょうが、可能な限りの原因追求はやっておくようにしましょう。
3-3 中間決算の会計監査の注意点
中間決算における会計監査では特別な注意点などはなく、経理担当者等は本決算と同様の適切な監査対応ができれば問題ないでしょう。ただし、重要な会計処理の項目についてはその内容が問われることも多いため、説明できる準備は当然必要です。
今までに確認してきたように会計監査は企業の決算書の数字や計算が正しいのか、重大な虚偽記載が存在しないかなどが確認されます。そのため重要な会計処理の内容が質問されたり、根拠資料が求められたりするわけです。
そうした会計監査人からの資料の提出要求や内容確認の質問に迅速に対応できることが会計担当者に求められます。勘定科目内訳明細書や売掛金・買掛金等の増減に関する一覧表などを準備しておけば、適切な対応は可能です。特に担当業務で気になる科目については「この数字は○○の理由でこうなりました!」と説明できるように準備しておきましょう。
4 会計監査の導入準備とその業務改善という効果
会計監査の契約を締結するには被監査会社の会計監査の受入体制があることが条件となり、その体制が不十分である場合などは事前準備として体制整備が求められます。
そうした体制整備は企業にとって負担になるともいえますが、監査を円滑に進行させるために必要であるのみならず、業務改善に役立つというメリットも期待できるのです。
ここでは会計監査の現場において、どのような点が会計監査への事前準備として重要になるのか、また、どう業務改善に役立つのかを紹介します。
参考資料:日本公認会計士協会の「公認会計士監査(会計監査人の監査)の概要 【資料2】 円滑な導入のために 」
4-1 組織で共通化された業務手順の整備と実施
組織で共通化された業務手順が存在せず、またあったとしてもそれが実施されていなければ、監査の前提である内部統制は整備されているといえず、業務も非効率になっている可能性が高いです。
マニュアルなどの業務手順を定めた規定がなく、業務のやり方が担当者に依存しているような体制は、効率的な監査が実施できる状態ではありません。また、そうした担当者に依存した業務の進め方では担当者によって業務の成果(質と量)に大きなバラツキが生じ、業務遂行が非効率になっているケースも多いです。
監査への事前準備の中で、このような業務手順がない状況に対して監査法人等から問題の指摘と改善への助言が受けられるでしょう。その助言等に従って業務の標準化を進め業務手順や業務マニュアルなどを作成していけば、業務プロセスの見える化も実現できるはずです。その結果、会計監査が受けられる十分な体制も整っていきます。
例えば、担当者任せにしていた購買業務の購買管理規定を、監査法人からの作成支援を受けて整備した場合、購入先の選定手続の透明性が確保され、より適切な取引が期待できます。購入先から自社の事業活動にプラスとなるような価格の提示や効果的な製品・サービスの提案が受けられるようになり、業績向上に結び付くこともあるでしょう。
4-2 会計処理の根拠資料の体系的な整理
被監査会社の会計処理の妥当性が検証できるためには、その会社の会計書類の体系的な整理が求められます。
納品書、検収書、請求書などの証憑書類が社内共通のルールで整理されていないと、どの証憑書類がどの会計処理によるものなのかの確認が難しくなってしまいます。その結果、監査において多くの会計処理の根拠証憑が特定困難になるかもしれないのです。
証憑書類、計算資料などの根拠資料には対応する伝票番号を記入して、会計処理と根拠資料との関連性を明確にして把握できるようにしなければなりません。もしそうしないと、監査で余分な時間をかけることになり、監査コストの増大に繋がります。
4-3 会計処理の根拠資料の網羅的な保管
収益や費用の計上の妥当性を証憑書類等で検証できない場合が多い状態では監査が進められなくなるので、会計処理の根拠資料については網羅的な保管が必要です。
営業担当者等の報告に基づき収益・費用の計上をしたり、取引先からの発注が口頭であったりすると、納品書、注文書、検収書、請求書などの証憑書類が保管されないというケースも生じます。また、証憑書類に対する取り扱いの社内共通ルールがないと、各担当者が好き勝手に保管するケースも多くなるでしょう。
こうした状況では取引先や顧客との間で受発注に関するトラブルが生じるとその取引の証拠を示せないという問題に陥ることになりかねません。加えて監査にあたっては、収益・費用計上の妥当性を証憑書類等で検証できないケースが増え審査が停滞してしまう恐れも出てきます。
このような問題を回避するために、すべての会計処理の根拠資料を残し網羅的に保管することが欠かせないのです。また、会計処理の根拠資料が情報システムのデータの場合は、 決算日時点のデータの保存が必要となるので注意しましょう(例えば棚卸資産のデータ等)。
会計書類の体系的な整理や網羅的な管理が進めば、各担当者が業務で必要な書類を迅速に引き出し利用することができます。つまり、仕事で急に必要となった注文書や納品書のほか必要な書類を探し回るような無駄がなくなり、事務効率が飛躍的に向上できることもあるのです。
4-4 勘定科目内訳での内容不明な残高の存在
勘定科目内訳で「その他」などとして扱うものに対しても、その内容が不明という状態のままにせず可能な限り調査して内容を明らかにし整理しなければなりません。
未収金、立替金、前払金、前払費用、仮払金、未払金、預り金、前受金、前受収益、仮受金などの勘定科目の内訳の中に、内容がわからいものがあるのは珍しくありません。しかし、内容不明の残高が無視できない額に達している場合、監査では問題になるため監査前での調査が必要になるのです。
内容不明がある場合にはその理由や内容を追究するとともに、今後はそうした不明残高を発生させないための定期的な確認の仕組みを導入し実行することが求められます。
定期的に帳簿と実際の残高を確認し、理由を把握の上迅速に処理する仕組みが維持・継続できれば未収金などの計上と管理が徹底されていき、債権回収率の改善も期待できるでしょう。
ほかにも発生主義会計への移行(による収益計上漏れの防止)、固定資産管理体制の整備(による重複資産購入の防止)、適正な実地棚卸の実施および在庫の受払記録の整備(在庫管理の質の向上)なども重要なポイントになります。