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会社設立時に重要な収支計画・事業計画とは 〜役員報酬の決め方も〜

会社設立にはいくつもの重要な手続きがありますが、一連の手続きを進める上で、会社運営と将来の事業展開を見据えた事業計画の策定は欠くべからざるものです。特に、公的資金か否かを問わず創業時融資を受けることを念頭に置く場合は、返済計画の基礎となる資金繰りと、それに直結する収支計画は、意欲的且つ実現可能性の高いものでなくてはなりません。
また、収支計画の前提となる事業計画についても、起業家の本気度が試されるテストであると考えたほうがいいでしょう。会社法施行以来、会社設立に係る諸要件が緩和され、容易に会社を設立できるようになった分、数年で倒産(廃業)するようなケースも多く見られます。周到な準備の下、細心の注意を払って作成した計画か否かが、起業の成否を分けると言っても過言ではありません。
今回、起業家が、自ら描いた「夢」を実現するために不可欠な、「収支計画」と「事業計画」について、その位置づけと作成のポイントをまとめました。会社設立をお考えの皆様が、事業を成功に導くための羅針盤として参考にしていただければ幸いです。

 

 

1 事業計画書の意義と重要性

2014年8月、経済産業省から「持続的成長への競争力とインセンティブ(通称:伊藤レポート)」が発表されたことを機に、ROE(自己資本利益率)の重要性が注目され始め、これ以降、ROEが明記された中期経営計画を公表する企業が増加しました。また、これと軌を一にするように、2015年6月、東京証券取引所が新たな企業統治指針として「コーポレートガバナンス・コード」を適用したことで、上場企業には、株主、顧客、従業員、地域社会等あらゆるステークホルダーとの対話型の会社運営が求められることになりました。

 

この流れの中で、計画を「目標」ではなく、ステークホルダー、とりわけ株主に対する「公約」と位置づける企業が現れ始めたことから、俄然、中期計画はその重要性を増すことになってきたのです。この大きなうねりは、非上場企業に対しても影響が及んでおり、中でも、起業家が創業融資審査を受ける際には、取り組む事業について、時代背景や市場性(規模や成長見込み)、競合状況等についてどのような分析を行い、どのような認識で事業計画を作成したのかと言うことが検証ポイントの大宗となっています。

 

 

 

1-1 戦略としての事業計画

このように、企業を取り巻く社会的・経済的な環境が変化する中で、会社を設立し、将来へ向けて経営の継続性を担保するためには、目先の利益をいくら出すかではなく、「わが社はこうありたい」という姿を描くことから始めなければなりません。そして、このあるべき姿と現実とのギャップを埋める方法が「戦略」なのです。

 

この戦略を事業計画に落とし込むことで、あるべき姿に到達するためのストーリーを描くのですが、そのためには、幾つかの要素を満たす必要があります。その要素について、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木教授は、著書「ストーリーとしての競争戦略」において、「競争優位」、「コンセプト」、「構成要素」、「クリティカル・コア」、「一貫性」の5つを挙げています。

 

同教授は、この著書で、スターバックス、アマゾン、デル、ガリバー・インターナショナルなどの著名企業について、これらの要素に基づく戦略論を解説しています。これらの企業に共通するのは、「模倣困難性」が「持続的な競争優位」の源泉になっているということです。そして、この模倣困難性は、業界の常識に反するという、不合理な条件の上に成り立っていることを指摘しています。

 

例えば、アマゾンが、インターネット通販の強みである無店舗・無在庫による低コストを無視し、自前の巨大な物流拠点と膨大な量の在庫を抱えるのはなぜか、デルはなぜ、パソコンの製造をコスト抑制ができる外注ではなく自前の工場で行うのか、スターバックスコーヒーは、日本進出に際して、なぜFC方式ではなく直営店方式を採用したのか、という例を挙げ、業界の常識の反対を行くという、一見して不合理と思われる手法を採ることで、他社にとっての模倣困難性を備えたと主張しています。

 

これら著名企業の戦略は、いわばオンリーワンを目指したところに意義があります。そしてその根底には、単に利益を追求することにとどまらず、「ステークホルダーに満足を与える」という「利他の精神」が宿っていることに注目すべきです。この経営姿勢は、これから起業しようとする人たちにとって、企業理念を定め、あらゆるステークホルダーとの関わり方を積極的に発信していくための礎とすべきものです。

 

 

 

1-2 戦略目標を達成するための事業計画

これらの企業には、最初から「模倣困難性」を帯びたビジネススタイルがあったわけではなく、様々な変化を繰り返し、オンリーワンを目指せるだけのノウハウを蓄積するプロセスがあったはずです。すでに模倣困難性を備えた独自の技術やサービスを保有している場合は別として、学ぶべきは、このプロセスにあります。

 

今回は、戦略としての事業計画を作成するにあたり、これらの企業が歩んだプロセスと、楠木教授の唱える5つの要素を参考としつつ、「事業コンセプト」、「持続可能な競争優位性」、「経営資源」の3つの要素に絞り、会社設立以降、到達すべき自らの姿を定め、そこに至るためのロードマップとして位置づけることとします。

 

 

2 事業計画書の作成

一般的に、事業計画書作成の基本的な目的は、会社の方向性を内外に示すとともに、その計画達成へ向けて社内の目的意識を統一することにありますが、会社設立時にあっては、特に意識すべき事項が二つあります。実績のない会社が、ステークホルダーからの信頼を得るためには、長期的視野に立ち、「10年後の姿を明確」にし、そこへ向けて「何にどう取り組むのか」というロードマップを見せる必要があるのです。

 

 

 

2-1 長期ビジョンとマイルストーンとしての中期計画

ソフトバンク創業者の孫正義氏は、新卒LIVE2012の講演で、自身の最も重要な役割(ミッション)を「300年以上続くソフトバンクグループのDNAの設計」であると語っています。その上で、30年ビジョンを設定し、ソフトバンク300年の歴史づくりのマイルスストーンとしているとのことです。これから起業し、会社を設立しようとする人たちにとっては、現実離れした話しと言わざるを得ませんが、長期的にはこの経営姿勢は大きな道標となります。

 

300年の大計は、大企業になってから描くとして、ここで言う長期的視野とは、概ね10年程度を指します。10年ビジョンを目指すのには理由があります。2018年の㈱東京商工リサーチが発表した「業歴30年以上の『老舗企業』倒産調査」によれば、2018年に倒産した企業の平均寿命は23.9年、同年の倒産企業のうち業歴30年以上の老舗企業の構成比は32.7%(前年比1.5ポイント上昇)となっています。

 

同社の分析によれば、老舗企業は、長年にわたる実績を背景に、不動産や内部留保などの資産が厚く、金融機関や取引先などの信頼を得ているものの、近年の金融機関の評価の仕方は、単に財務内容や業績だけではなく、将来性を優先して判断する「事業性評価」に移っており、これが徐々に浸透しているとのことです。このような環境変化の中では、過去の成功体験に囚われ、新たな取り組みが遅れるなど、対応を怠った企業は致命傷を負うことになります。

 

この一方で、2018年における業歴10年未満の新興企業の倒産は1,745件(構成比24.8%)で、前年対比0.3ポイント上昇しています。国や自治体が積極的に創業支援を進める中、計画の甘さが指摘され、このカテゴリーの倒産構成比は、老舗企業同様に過去15年間で最高を記録したというのが実態です。このような実態を知れば、長期的視野に立ち、根拠の明確な事業計画を作成することがいかに重要かということがわかります。

 

さて、10年ビジョンを描くには、会社としてのミッションが必要です。ミッションと言うのは、存在意義と言い換えてもいいでしょう。これは、ビジョンと共に、まさに建物にたとえると基礎の部分であるといえます。現代的な企業のあり方として、会社の規模等も含め、社会全体や地域社会に対してどのようにコミットするかを明確にする必要があります。これを踏まえ、ミッションと長期ビジョンは、以下のように例示することができます。

 

(表①)ミッションと長期ビジョン(例)

策定項目 内容
ミッションとビジョン ・ミッションとは、自社の存在意義を示します。 ・ビジョンで、ミッションを達成するための行動指針や経営理念を示します。 1.ミッションは、企業として目指す方向性と、何のために自社が存在するのかを示します。
(ミッションの例):「事業活動を通して地域社会に貢献します」

2.ミッションを達成する為に何をするのかを示すのがビジョンです。
(ビジョンの例)
・当社に関わる全てのステークホルダーを幸福にする企業を目指します。
・事業活動を通して、地域の人々の充実した暮らしを実現します。
・社会から信頼される企業を目指します。
※これは、現代的な企業経営の在り方として、「会社は社会の公器である」という姿勢を鮮明にする意図があります。企業の不祥事が相次いだ時代から、近年の働き方改革につながる一連の社会問題に真っ向から取り組むという姿勢は、これからの企業にとって不可欠の要素となります。
キーワードは、「社会貢献」、「人間尊重」、「革新」、「感動」、「環境」などですが、実践が伴わないと逆効果となるので要注意です。
目指す会社の規模 理想論だけでは会社は経営できませんし、財政的な裏付けがなければミッションを達成することはできません。ミッションにふさわしい会社の規模を実現することは、むしろ、前提条件と言えます。
〔ミッションを実現するための会社規模〕
・売上高50億円
・従業員数300人(地域内採用200人)
※ 売上高は会社規模を大きくすることで、納税を通して地域経済に還元することが目的であることを明示しなければなりません。 また、従業員数の目標値には、地元採用数を明記するなど、地域全体への貢献を重視しているという姿勢を見せることが重要です。

 

このように、ミッションと長期ビジョンを明確にし、10年後へ至るマイルストーンを置く作業が次のステップとなります。すなわち、目標管理としての中期計画の作成です。

 

中期計画は、多くは3年程度の期間で設定され、長期ビジョン達成までのプロセスを描いていきます。3年とは言っても、1年以下のスパンで変化する業界の環境や市場ニーズに応じ、部分的には毎年度ローリングによる見直しを行って長期ビジョンへの道筋を違わぬよう修正する必要があります。

 

 

 

2-2 中期計画作成のプロセス

中期計画を作成する際のポイントは、前述のとおり、「事業コンセプト」、「持続可能な競争優位性」、「経営資源」の3つの要素です。これらは、ミッションと長期ビジョンの根底に流れている目指すべき姿から外れないよう構成を考えなければなりません。「事業コンセプト」とは、社内要因、事業環境、自社の強みと弱みを把握した上で、「誰に=ターゲット」、「何を=サービス・商品」、「どのような価値を付加して」提供するかを明確にすることです。

 

「持続可能な競争優位性」とは、「模倣困難性」を備えることですが、自社にしかないビジネス上の強みというのは、何がしかの特許でもないかぎり起業当時に備えることは困難です。しかし、競争相手に対してどのような差別的優位性を持てるかということは、融資を受ける際の「事業性評価」に直結する要素でもあり、その後の事業展開に大きく影響することになります。具体的には、競争相手を特定して入念な調査を行い、差別的優位性を作り出すことが必要になります。

 

「経営資源」とは、ヒト・モノ・カネ・情報ですが、これらの確保とその活かし方がポイントとなります。戦略達成へ向けて、経営資源の過不足を把握し、自社にないものはどうやって確保するかを決めなければなりませんし、備えてはいても運用上の問題があれば、改善へ向けた措置が必要です。他社との差別化のために独自の付加価値を付けて提供する「モノ・サービス」と、業界に関するあらゆる「情報」は確保できるはずです。

 

創業当初の大きな課題は、資金と人材の確保です。資金の確保はいくつかの方法がありますが、人材確保にあたっては、ミッションとビジョンを基軸とした企業ブランディングが必要になります。創業以降の実績を積む中でブランドを作り上げていくことになりますので、当初は、創業者の人脈で必要な人材を確保することになります。

 

このように、事業計画上の問題点を洗い出し対応策を練るためには、まずは現状分析が必要になります。分析の手法はいくつかありますが、ここでは、SWOT分析を使用します。この分析法の概要は下表のとおりです。

 

(表②)SWOT分析(それぞれの要因の頭文字をとった名称)

内部要因 強み(Strength) 弱み(Weakness)
競争相手に対して自社が持つ強み (例:模倣困難性の高い技術やサービス) 競争相手に比して劣る部分(弱み) (例:後発となり、実績もないため、知名度と信用度が低い)
外部要因 機会(Opportunity) 脅威(Threat)
自社の目標達成に貢献する要素(ビジネスチャンス) (例:高齢化が進んだことで市場が拡大しており、新規開拓が容易) 目標達成の障害となる要素(ビジネスリスク) (例:市場性が高い分、異業種からの参入もあり、早期に過当競争に陥る危険がある)

 

この分析結果は、事業計画と共に収支計画作成の根拠ともなりますので、入念な情報収集と分析が不可欠です。このため、分析に当たっては、各要因をできるだけ多く書き出し、選択肢を広げることがポイントとなります。外部要因としては、「政治」、「経済」、「社会」、「AI技術関係」、「消費者動向」等が考えられます。内部要因では、「自社製品・サービスの水準」、「価格帯」、「サプライチェーンの状況」、「立地」、「拠点・ネットワーク網」、「人材」、「技術」、「ノウハウ」等が考えられます。

 

この4つの要因は、その組み合わせで方向性を見極めることができます。強みを生かして機会を得る(S⇒O)、強みを生かして脅威を克服する(S⇒T)、弱みを克服して機会を拡大する(W⇒O)など、自社にとって実現可能性の高い組み合わせを選択することで戦略の方向性を決定することができます。

 

 

 

2-3 企業の成長ステージと課題の整理

ここまで事業計画の考え方や作成に至るプロセスを整理してきましたが、ここで、企業の成長ステージに関する分類法を紹介しておきます。これは、総務省が行った「我が国ベンチャー企業における課題克服のためのICT活用方策に関する調査研究」(平成22年3月20日)レポートに記載されたもので、創業にあたってICTの活用がいかに有効かということとあわせ、ベンチャー企業の成長段階を示した分類ですので、事業計画策定の参考になります。

 

以下、総務省の委託を受けた「みずほ情報総研」が作成したものをベースに、ステージの分類を示します。

 

(表③)ベンチャー企業の成長ステージ

ステージの分類 説明
シード(Seed) ビジネスプランやプロトタイプを作成し、事業コンセプトが出来上がった状態
スタートアップ(Start-up) 製品の開発を行い、初期のマーケティング資金を調達したが、製品はまだ販売されていない状態
アーリーステージ (early stage) 製品開発が終了し、商業的に製造販売を始めたものの、利益はまだ生み出してはいないかもしれない段階
エクスパンジョン(Expansion) 企業が成長・拡大し、生産能力の向上や製品開発、マーケティングのために新たに資金を調達する段階

 

(表④)成長ステージごとの活動上の課題と解決策(ITC活用含む)をまとめた例

ステージ分類 課題分類 人・組織 戦略 ファイナンス (資本市場)
シード 課題 会社設立手続き 人的チャネル活用 取扱商品等の市場性が不明
解決策 人的チャネル活用 市場調査
ICT活用 無償のSNS Web検索
スタートアップ 課題 営業力確保、商品等の知名度向上 自己資金での事業化を前提
解決策 Webサイトでの情報発信、プレスリリース等) 自己資金で賄えるだけの規模でスタート
ICT活用 知名度アップ Webサイトによる情報発信ほか
アーリーステージ 課題 人材確保(商品開発、管理系ともに確保したい) 営業力向上、知名度向上、業務効率化
解決策 WebサイトやSNSを活用して会社の魅力を発信 業務効率化については、スカイプ等の活用で会議・連絡コスト抑制
ICT活用
エクスパンジョン  

 

このように、成長ステージの分類と想定される課題・解決策を整理し、事業計画に反映することには合理性があります。長期展望に立つミッション・ビジョンとの整合性と取りながら、資金調達の規模・方法(自己資金、借入金など)や、人材確保の手段や時期を想定することも重要です。特に、近年は、人手不足が顕著なことから、ICTを活用して人手と費用の抑制を図ることも検討しなければなりません。

 

 

 

2-4 中期計画の作成

以上の、プロセス及び成長ステージごとの課題を整理した上で、長期計画としての「ミッションとビジョン」のもと、そのマイルストーンとしての「中期計画」の作成に入ります。以下、中期計画の例を示します。

 

(表⑤)創業時の中期計画(例)

第1次中期3か年計画 経営方針

《経営ビジョン》
1.当社に関わる全てのステークホルダーを幸福にする企業を目指します。
2.事業活動を通して、地域の人々の充実した暮らしを実現します。
3.社会から信頼される企業を目指します
  ※これらは、ミッションと長期ビジョンで策定した内容を記載します。

《第1次中期3か年の経営方針》
創業初年度である20××年からの3年間は、会社の基盤作りを進める為、以下の事項を中心に取り組み、経営計画の達成を目指します。

1.お客様に安心と満足をお届けできるよう、高度な人材の育成に取り組みます。
2.収益性を高め、株主利益の最大化と地域への還元を目指します。
3.コア事業の安定的伸長を図り、3か年の売上高目標と利益計画達成に取り組みます。

《中期経営目標》

(単位:千円)

2018年度(創業) 2019年度(第2年度) 2020年度(第3年度)
売上高 800,000 1、000,000 1,500,000
売上総利益 20,000 25,000 380,000
経常利益 ▲1,000 0 30,000
当期純利益 ▲1,000 0 18,000

中期計画第2年度において収支均衡し、最終の第3年度において黒字化を果たします。

 

創業初年度の事業計画は、基本的には中期経営計画の初年度の内容となりますが、主要な取組事項には創業初年度ならではの課題を盛り込むことも必要です。表③と④で整理した成長ステージを意識し、具体的な取り組み事項を明記しなければなりません。

 

 

3 収支計画の意義と重要性

事業計画は、会社としての活動内容を内外に示すとともに、事業を開始した時から生ずるステークホルダーとの関係では、「公約」として認識すべきものとなります。収支計画は、事業計画の一部として、この公約を数値で示したものであり、その達成状況を確認する上でも不可欠のものです。

 

事業計画全体の達成状況は、内部的には、その後の会社規模の拡大や、事業展開上必要な設備投資を決定する際の重要な検討要素であるとともに、対外的には、資金調達にあたって、金融機関や市場がその会社を評価するための最も重要な要素の一つとなるものです。したがって、会社設立時の収支計画の内容は、事業計画自体の信頼性を担保できるものでなくてはなりません。

 

 

 

3-1 事業の継続性を担保できる計画

事業計画自体の信頼性とは、その会社が事業を継続し続けることができるか否かという点にあります。会社が将来にわたって継続していくことを前提とすることを、継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)と言い、財務諸表(貸借対照表・損益計算書等)は、企業が継続して事業活動を行うことを前提として作られています。

 

したがって、この前提が崩れると、財務諸表の作成プロセスそのものが否定されることになります。例えば建物などの減価償却資産は、事業活動の継続を前提とすることで、減価償却という手法で毎年度費用化されますが、会社の倒産を前提とするとき、処分可能価値が見積もられ、場合によっては無価値と評価されることもあります。上場企業では、決算日から少なくとも1年間事業活動が継続することについて重要な問題がある場合、経営者または公認会計士が、財務諸表に所定の事項を注記しなければなりません。

 

会社設立時は実績がないわけですから、収支計画が予想損益計算書(財務諸表)となり、唯一の評価対象となりますので、いい加減な収支計画を作成するわけにはいきません。事業年度終了後に作成される、「損益計算書」及び「貸借対照表」等で、はじめて事業活動の成果が明らかになり、収支計画との差異を含め、ゴーイング・コンサーンの視点で評価されることになるということを強く意識しなければなりません。

 

 

 

3-2 収支計画作成のプロセス

このような前提の下、収支計画の作成に係るプロセスとポイントを整理します。収支計画の基礎となる事業計画は、長期ビジョンのもとに中期計画(3か年)を作成することを念頭に説明してきました。したがって、ここでは、中期3か年の収支計画作成について説明することとします。

 

表②「SWOT分析」及び表④「成長ステージごとの活動上の課題と解決策」から得られた結果から、業界における立ち位置や事業展開の方針、また、そこから想定される売上げ水準を勘案し、収支計画の検討に入ります。一旦、想定される売上げ水準を前提として仮の損益(収支)を確認し、見直し作業を経て完成させるという手順です。創業期で重要なのが、会計上の「損益」ではなく、「現金収支」であることに注意することです。

 

会社という法人を人間に例えれば、現金の循環は血液の循環と言えます。血液が正常な状態で体内を循環していれば、健康を維持できるように、会社においては、資金が正常に循環することが経営を維持するための最低条件であるといえます。損益計算書が黒字でも、資金がまわらずに倒産する「黒字倒産」は、キャッシュフローを管理していない結果だといえます。

 

キャッシュフロー管理については、このあとの「資金繰りとの関係」で詳述しますが、たとえ損益計算書が赤字になったとしても、キャッシュフローが黒字なら経営は継続できます。あくまでも実績のない創業時の3か年計画を作成するのです。端的に言えば、見栄えが良くてもキャッシュの循環に懸念がある内容では、金融機関の審査は通りません。

 

 

 

3-3 資金繰りとの関係

では、収支計画と資金繰りの関係について考えてみましょう。単純な資金の流れで言えば、まず仕入(商品仕入れに限らず諸費用の支払全て)が発生します。次に売り上げが発生して、商品が残れば在庫となります。この時点で、仕入と売上は確定しましたが、必ず支払いが先行するという点を押さえましょう。仕入時から売上げをあげるまでに要した時間が資金繰りの良否を左右します。

 

仕入先との取引条件で、納品後1カ月以内の代金決済の約定であれば、商品を売り上げて代金を回収するまでの時間が仕入後1か月以内であれば、資金は回り、利益も上がります。しかし、仕入時から売れるまでの期間が1か月を超え、売上代金は掛売で売上後1カ月後の決済であるとしたら、手元資金がなければ確実に資金はショートします。

 

仕入、若しくは製造後から売上げまでの期間は短いほどいいわけですが、最も重要なのは、「決済条件」です。仕入先への支払は遅いほど資金に余裕が生まれますし、売上げ先からの代金回収は早ければ早いほど資金繰りに余裕が生まれます。創業したての会社では、取引先と間で有利な決済条件を獲得することは困難だということは想像に難くありませんが、この条件闘争が最も重要なポイントとなるのです。

 

創業資金融資の審査の際には、金融機関は「事業性評価」を重視することは前述しましたが、収支計画の根拠として、決済条件の優位性を確保していることも高評価の対象となり得ます。また、このような一見して細かい部分に、経営管理の要諦が潜んでいるものです。取引が始まってしまってからの再交渉ほど困難なものはありません。そして、取引開始に先立って取引条件を詰める際には、相手方にどのようなインセンティブを与えられるかが鍵になります。

 

インセンティブの話しが出ると、真っ先に頭に浮かぶのが価格の引き下げや販促費の支出等ではないでしょうか。しかし、それでは決済条件が良くなっても、収益性の低下を招くことになるため、交渉の意味が薄れてしまいます。金銭面の交渉に走る前に、相手のことをよく知ることが重要です。相手の経営状態を含めできる限り多くの情報を集めて、相手にとって何がインセンティブとなるかを探り、相手の立場にたって入念に検討することが求められます。その中で、ICTの活用も視野に入ってくる可能性があります。

 

全ては最初が肝心です。このような地味な部分をしっかりと押さえた上で、根拠の明確な資金繰り計画と収支計画を作成し、進捗管理を徹底することで、その実現可能性はより高くなります。収支計画を達成し事業が順調に拡大すれば、内部留保が積み上がり、融資を受けることなく新規の設備投資ができるほど強い体力をつけることも可能です。

 

資金繰りというのは、会社経営にとってかくも重要な要素ですが、資金繰りに影響のある事項は、仕入と売上の決済タイミングだけではありません。事業活動と財務活動の中で、資金繰りに影響を及ぼす要因を整理すると、下記のとおり注意すべき点が浮かんできます。

 

(表⑥)資金繰りに影響する取引要因

要因となる項目 注意すべき点
売掛金残高 売上は計上できたとしても、代金を回収するまでの期間が長ければ長いほど資金繰りに影響します。仕入を含む再生産に回す資金や、固定費の支払いに支障を来すケースもあります。また、決裁サイトが長すぎると「貸倒れリスク」も高まるため、売掛金と言う「資産」の価値の低下にもつながりますので、要注意です。取引開始前の交渉で全てが決まります。
買掛金残高 売掛金の回収が遅く、買掛金の残高の減少が早いようですと、当然資金繰りは悪化します。売掛金回収と買掛金支払は表裏のものであり、その決済条件は、資金繰り上最も重要な要素であることに留意しなければなりません。
商品在庫(滞留) 商品在庫が売り上げのサイクルに対応しておらず、商品の回転率が低下して滞留期間が長期化すると、資金の回収が遅れるだけでなく、商品の陳腐化・劣化等によって資産価値が低下し、損失が発生するリスクが高まります。商品在庫は、会社の規模によっては、「資産査定」によって資産価値の評価が義務付けられる場合もありますので、在庫管理は、資金繰りにとどまらず経営管理上も重要な課題の一つとなっています。
過剰な設備投資 将来の需要見込みを誤るなど、状況判断を間違えて設備投資資金を投下した場合、急速に資金繰りが悪化します。特に、借入金で投資資金を賄うような場合は、資金の回収が不足するほかに、返済金と言う資金流出を伴いますので、要注意です。
借入金の返済 借入金は、返済計画にしたがって返済しなければなりませんが、元金の返済は多額の資金を流出させるため、資金繰りに直接影響します。据置期間を制度上限で設定するなど、借入時の約定が鍵となります。借金が嫌いなのでできるだけ早く返してしまいたいという話しをよく聞きますが、借入金は好き嫌いでするものではありません。資金計画の一部だということに留意し、借入に当たっては、借入金額、条件共に入念に検討する必要があります。
損益赤字状態 経営自体が赤字に陥り、その状態が継続すれば当然資金繰りが悪化します。創業時は収支均衡時期も計画に反映させますが、事業の進捗状況と損益状況は定期的に検証する必要があります。できれば四半期に一度、最低でも半期で仮決算を行って、事業と収支計画の進捗状況を把握して翌期に備えなければなりません。

 

 

 

3-4 収支計画(例)

資金繰りとの関係を理解した上で、創業時から3か年の中期収支計画を作成することになりますが、一般管理費と資金繰り計画の作成ポイントとあわせ、例を示すと以下のとおりとなります(表⑤の創業時中期計画と整合させています)。

 

(表⑦)創業時中期3か年計画(第1次収支計画)の例 

  

《単位:千円》

項目 第1年度 第2年度 第3年度
売上高 800,000 1,000,000 1,500,000
売上総利益 ① 200,000 250,000 380,000
事業管理費 ②(明細後掲)   210,000 250,000 350,000
事業利益  ③=①-② ▲10,000 30,000
事業外損益 ④
経常利益  ⑤=③-④ ▲10,000 30,000
特別損益  ⑥
税引前当期利益⑦=⑤-⑥ ▲10,000 30,000
法人税等(注1)   ⑧ 12,000
当期純利益  ⑨=⑦-⑧ ▲10,000 18,000
常勤役員・従業員数⑩ 30人 35人 50人
事業管理費率 ⑪=②÷① 105.0% 100.0% 97.4%
労働生産性⑫=①÷⑩ 6,600 7,100 7,600

 

(注1)法人税等の額は、法人住民税の均等割りを考慮していません。

 

この例では、創業2年目で収支均衡し3年目で黒字化する計画です。経営安定性を見る場合、事業管理費率が90%を下回ることが一つの目安となります(業種によって異なりますが、目標は80%以下)。また、労働生産性は、目標としては常勤一人当たり10,000千円以上が目安になりますので、第2次以降の中期計画策定の参考にして下さい。

 

(表⑧)表⑦の一般管理費の内訳

《単位:千円》

項目 第1年度 第2年度 第3年度


役員報酬
従業員給与
福利厚生費
35,000
85,000
20,000
42,000
110,000
24,000
60,000
165,000
35,000
140,000 176,000 260,000


交際費
その他業務費
8,000
12,000
8,000
14,000
8,000
20,000
20,000 22,000 28,000
租税公課 計 10,000 15,000 20,000


減価償却費
その他施設費
30,000
10,000
25,000
12,000
28,000
14,000
40,000 37,000 42,000
事業管理費 合計 210,000 250,000 350,000

《固定費計画時の注意事項》

固定費は、事業活動を行う上で必ず発生する費用です。例え赤字経営でも事業を継続する限り発生する費用ですので、最も注意すべき費目と言えます。固定費の管理においては、固定費(表⑧の事業管理費)と限界利益(注2)の対前年伸び率に着目します。適正利益を確保するためには、固定費の伸び率を限界利益の伸び率の範囲内に収めることがポイントとなります。

 

また、固定費の中で最もウエイトが大きいのは人件費です。近年、労働力不足から人件費の上昇圧力が高まっていますので、経営者にとって、従業員の戦略的賃金設計は経営上の最重要課題と言えます。また、高騰する人件費をコントロールするためには、人件費の限界利益に占める割合である労働分配率(注3)を意識しなければなりません。

 

(注2)限界利益:限界利益とは、売上高から変動費(仕入など売上に比例して増減する費用)を控除したもので、表⑦の「売上総利益」にあたります。

 

(注3)労働分配率
労働分配率(%)=人件費÷限界利益×100で表します。これを、表⑦と表⑧の初年度で示すと、140,000(人件費)÷200,000(売上総利益)×100=70%となります。適正水準は業態によって異なりますが、一般的には30%から70%程度の範囲と言われています。

 

《表⑨:固定費計画作成上のポイント》

項目 ポイント
人件費 初年度は、賃金表の作成から始めることになりますが、賃金は戦略的な要素がありますので、同業他社の実績と乖離しないよう注意が必要です。総額ベースでは、事業総利益とのバランスも重要です。2年度目以降は、昇給を考慮しなければなりませんので、一般的には同業態の昇給率を参考にすることになります。また、賞与の支給基準や法定福利費にも注意が必要です。特に、法定福利費は、健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険等の保険料率は、制度の運用状況によっては変動しますので、その動向に注意しなければなりません。
施設費 (減価償却費、施設管理等) 3年~5年程度の設備投資計画を作成し、減価償却費とそれら施設や設備に係る管理費用等を見積もります。減価償却費は、定率法の場合、取得年度から初期段階の償却費が大きいため損益への影響が大きくなります。反面、損益項目ではありますが、現金流出を伴わないため、資金繰りのマイナス材料とはなりませんので、税制面の対応も考慮しながら投資額を決定すると良いでしょう。
業務費 宣伝広告費、研究費、市場対策費、教育研修費、会議費、交際費、印刷・消耗品費、事務委託費等の発生が考えられます。交際費は、資本金の額によって、損金計上が認められる額が異なりますので注意が必要です。
税金 固定費として考えられる税金は、消費税負担、固定資産税、不動産取得税、印紙税、配当・利子源泉所得税等です(法人税等は決算結果として発生するものですので、租税公課の勘定科目では扱いません)。不動産取得税は、資産取得後、早くて6カ月後、場合によっては1年後ぐらいに納付書が届きますので、漏れなく計画に含めるために、事前に都道府県税事務所に概算額と納付時期を確認しておく必要があります。

 

このほか、同時に作成しなければならない資金繰り表に使用する主要勘定科目の内容を、下記のとおり整理しておきます。

 

《表⑩:資金繰り表に使用する項目》

項目 内容






現金売上高 売上げ発生時に現金で回収した代金(即回収で資金繰りに余裕)。
売掛金回収 掛売代金の回収額(決済サイトが重要)
取立手形入金 取り立てに出していた手形・小切手が資金化され入金したもの(隠れリスクの可能性)
前受金 内金や手付金などとして受け取ったもの
雑収入 定期預金の解約や有価証券売却代金等その他の入金

現金仕入高 仕入時に現金で支払ったもの(資金繰り上不利)
買掛金支払 掛仕入の支払い(決済サイトが重要)
支払手形決済 振り出した手形が支払期日に決済されたもの
前渡し金 内金や手付金などとして支払ったもの
事業管理費(一般管理費) 費用として現金支出したもの(減価償却費等現金流出を伴わないものを除く)。光熱費、地代、車両燃料費、交際費、宣伝広告費等々
人件費 引当金勘定(賞与引当金や退職給与引当金等)は現金流出を伴わないので除く。引当金は費用ですが、資金は留保されます)。
支払利息 借入金に係る支払利息
税金 法人税、消費税、固定資産税、事業税等
その他現金支出 業界団体の会費、保証協会等への保証料等


調
短期借入金 短期借入金として現金を調達した額
長期借入金 長期借入金として現金を調達した額

短期借入金返済 短期借入金の返済で流出した額
長期借入金返済 長期借入金の返済で流出した額

 

会社設立時は実績がありませんので、資金繰り表は、売上高と収支計画の数値を基本として、決済手段や決済サイトを想定して作成します。また、借入金については、前述したように、長期借入金は据置期間を設けて資金の滞留期間を確保すると資金繰りに余裕が生まれます。決済資金としての短期借入(当座貸越契約等)を予定している場合は、極度額に張り付かないよう流動性を高めることを念頭においてください。

 

2年目以降は、初年度決算時に作成するキャッシュフロー計算書で前年実績を参考にできますので、当初作成した第2年度以降の資金繰り表を修正して現実に近いものを作成できるようになります。また、キャッシュフロー計算書は、貸借対照表と損益計算書の勘定科目を用いて、「営業活動」、「投資活動」、「財務活動」の3つの視点で、資金のイン・アウト要因を把握できますので、資金繰り上の問題点をあぶり出して改善策を講じることが可能となります。

 

このように、充分な根拠をもって中期3か年の収支計画を作成することで、第2年度以降は、初年度実績等を参考に見直しを行い、より現実的かつ意欲的な内容に作り変えていくというサイクルが生まれるのです。

 

 

4 役員報酬とは

会社設立時に決めなければいけないことの一つに役員報酬(役員の給与)があります。役員報酬は制度を理解して取り組めば損金にできますが注意も必要です。損金にならなければ税金が想定以上に発生することになります

 

役員報酬とは役員の報酬(給与)です。明確に従業員の給与とは税務上異なる扱いを受けます。従業員の給与は税務上損金として認められていますが、役員報酬を損金とするためには規則や規定があり、そのとおりに処理しないと損金とは認められません。

 

損金と認められないことを税務上の用語で損金不算入といいます。会社の一事業年度の利益に応じた税金のことを法人税等といいますが、利益に応じるということは、利益が多いほど法人税等も多くなる、ということです。

 

したがって、法人税等を少なくするためには利益を減らす必要がありますが、利益を減らすことを目的としては経営上本末転倒になるため、支出をしたからには損金に計上する(損金処理する)ことが利益を減らすという観点では重要な考え方となります。

 

せっかくの支出も税務のことをよく知らないで処理すると損金とはならない場合があり、これは役員報酬についても同様です。損金となり得る役員報酬には「定期同額給与」「事前確定届出給与」「役員が使用人兼務役員である場合の使用人分の給与」「業績連動給与」「ストックオプション」「退職金」の6種類があります。一つずつ見ていきましょう。

 

 

5 損金となる6種類の役員報酬

「定期同額給与」は、毎月固定額とすることで損金算入することができる役員の報酬です。この定期同額給与に基づいて定めた役員報酬は、原則として年度途中で上げたり下げたりすることはできません。

 

「事前確定届出給与」とは役員の賞与(ボーナス)のことです。役員へ賞与を支給し、その分を損金とするためには、この事前確定届出給与という制度に基づいて年度開始時期に税務署に届けをしておく必要があります。

 

「役員が使用人兼務役員である場合の使用人分の給与」とは、一人の役員が、役員と使用人(従業員)としての職務を兼任している場合に、使用人部分に対して支払われる給与のことです。ここまでに説明した3つに関しては後ほど更に深く掘り下げて取り上げます。

 

「業績連動給与」とは、役員の給与を業績に反映して増額することができる制度です。ただし、同族会社では適用できないという要件がありますので、多くの中小企業では適用外となるのが実情です。

 

この制度は過去には利益連動給与と呼ばれており、平成29年度の法改正に伴って名称を変更し現在に至ります。なお、その法改正時に、同族会社の場合でも非同族会社の完全子会社である場合には適用される、という規定が加わりました。

 

その後の法改正でも、この業績連動給与制度を推進していこうと適用対象を広げる改正が行われています。

 

「ストックオプション」とは、一定価格で自社の株式を購入できる権利のことです。もし株式購入後に株価が上がった場合には、その差額分の利益を得ることができます。自身の成果が株価の上昇と自分への報酬という形で反映されますので、モチベーションアップにも繋げることができます。

 

「退職金」は、役員が退職する際に支払う報酬です。一般的に退職金と呼ばれるものそのものです。

 

 

6 役員報酬を決めるポイントと役員報酬の注意点

ここでは会社設立時、及び2期目以降の初期に関係のある「定期同額給与」、「事前確定届出給与」、「役員が使用人兼務役員である場合の使用人分の給与」の3つについてご説明します。

 

 

 

6-1 定期同額給与の特徴と注意点

定期同額給与とは損金算入できる役員の毎月の固定額給与のことでした。原則として年度の途中に変更することはできないのが特徴です。

 

年度途中の変更が認められていない理由は、もし年度途中に恣意的に変更できるようなものであれば会社の年度利益の操作も可能とし、法人税額も任意に操作することに繋がるからです。

 

会社設立時の定期同額給与の設定、及び翌期以降の変更は、事業年度開始日から3ヶ月以内に株主総会を開催してその席にて定期同額給与を決議し、議事録に決議内容を残しておく必要があります。仮にこの規定を守らずに給与額を変更(増額)した場合、増額分は損金とは認められないことになります。

 

なお、この3ヶ月以内の決定には例外があります。業績が悪化して、かつ株主や取引先との関係や銀行等の債権者に利害が及ぶ場合には減額できることも認められています。

 

ただし、単純に売上目標が達成できない等の場合には減額することはできません。もし利害確認を行わずに減額を行うと、減額する前と後の給与の差額分(減額前に減額後より多かった部分)は損金とは認められないことになります。会社設立時に設定する定期同額給与の金額は、売上と利益目標(予想額)を立てて慎重に行いましょう。

 

 

 

6-2 事前確定届出給与の特徴と注意点

事前確定届出給与は、あらかじめ金額と支給時期を定めておく役員への賞与(ボーナス)のことでした。金額は会社側に裁量がありますが、支給時期と支給の意思の決定には、株主総会を開催して決議事項を議事録に残し、税務署に届け出るという要件があります。

 

支給時期については、来期(または進行年度)の取り扱いとなります。そして、税務署への提出期日は株主総会後の1ヶ月以内、または年度開始日より4ヶ月以内のいずれか早い方となります。

 

すなわち、3月決算の会社の場合は、5月1日に株主総会を開いた場合は6月1日までに株主総会議事録を税務署に提出する必要があります。あるいは、事前確定届出給与を決議した株主総会を7月10日に開催した場合は、年度開始日より4ヶ月以内となる7月末日までに届け出る必要があります。

 

なお、この事前確定届出給与は決議内容通りに支給することが損金算入する条件です。例えば、10月31日に50万円、3月31日に50万円支給することを決議内容としている場合、いずれの場合も一日・一円たりとも違わず支給しなければいけません。

 

仮に10月31日には50万円を支給したものの、その後業績が悪化したため3月31日の分は支給しなかった場合には、10月31日の50万円は損金とは認められなくなりますので注意してください。

 

この事前確定届出給与の活用も事前の売上と利益見通しを立てることが重要です。会社設立時には営業活動が最優先事項となりますが、早い内に税金の管理体制も整えておくと資金繰り対策にも繋がります。

 

 

 

6-3 役員が使用人兼務役員である場合の使用人分の給与の特徴と注意点

役員を「使用人兼務役員」とした場合には、給与を使用人部分と役員部分とに分けることになります。このときの使用人部分とは従業員としての職務を担当するということです。

 

役員と使用人を分けた場合のメリットは、使用人部分の給与を業績や勤務内容に応じて増減することができ、また他の従業員と同様に賞与も支給できることです。

 

ただし、役員部分の給与を使用人部分に連動して増減することは認められておらず、使用人部分に賞与を支給する場合には他の従業員と同じ水準とする必要があります。

 

なお、役員部分の給与には定期同額給与の制度を当てはめることができますので、これにより使用人兼務役員の給与を全額損金とすることができます。更に、使用人兼務役員の場合は雇用保険に加入することができますので、失業時には失業給付金の受給対象となります。

 

ただし、代表取締役(社長)は勿論、実質的な常務クラス以上の役員の場合は、実務でいくら従業員の業務を行っていても、この制度における使用人兼務役員となることはできません。いわゆる「平取」(ひらとり)と呼ばれる、肩書のない役員が使用人兼務役員となることができます。

 

また、使用人と役員の比率(給与額)は厳密に割り出す必要があります。使用人としての比率を単純に給与の増減ができるからという理由で高くすることはできません。同程度の仕事をしている他の使用人の給与を基準として、使用人部分に掛かる給与額を決定することになります。

 

設立時の会社で、家族を社員としておりこの使用人兼務役員制度を考えている場合は、早めに相談のできる税理を見つけて、仕事の内容や従業員構成を報告し、この制度を適用して損金化できるか、また使用人と役員の給与額が認められるものであるか、確認するようにしておきましょう。

 

 

 

6-4 役員報酬の注意点

会社の税金の一つである法人税等は、「等」と付いているように複数の税金の集合体です。その内訳は、国(税務署)が管轄する「法人税」、都道府県管轄の「法人県民税」と「法人事業税」、そして市区町村の「法人市民税」となっています。

 

法人税等は利益に応じた税金ですので、もし赤字となった場合には利益に対して掛かる税金はゼロ円となります。ただし、会社規模に応じて一定の税額となる「均等割」は発生します。

 

法人税等額を減らすためには、生じた支出を間違いなく損金算入できるように、税務の取り扱いを理解しておくことが重要です。仮に、役員報酬を前述の6種類のいずれにも当てはまらないようなものとしている場合には、損金とはならず利益は下がりません。

 

もし、前述の6種類にあてはまらないにも関わらず役員報酬を損金処理して決算申告を行い、後日の税務調査時にその役員報酬を損金不算入として指摘された場合には、修正申告によりしっかりと損金不算入分の税金を納めなければいけなくなります。

 

正しく損金処理をして後日指摘を受けないように役員報酬を取り扱わなければいけませんが、一方、正しい方法で役員報酬を計上した場合にも思わぬ落とし穴が潜んでいる場合があります。

 

というのは、会社の利益を下げることばかりを考えて役員報酬にまつわる負担分を勘案しないと、結果として役員の給与に掛かる負担の方が法人税等よりも大きくなる事態も有り得るからです。

 

それは、役員報酬にも(正確には個人の所得には)所得税や住民税、そして社会保険料といった税金や負担があることが理由です。また、この個人の所得には、給与の他にも個人所有不動産の売買や賃貸等での収入も該当するため、個人の所得の税額を算出するためには全ての収入を出して考える必要があります。

 

個人所得の場合も会社の場合と同様に、売上から損金(経費)を差し引くことで利益(個人所得)を導きます。なお、個人所得の場合には被扶養者を有していることや生命保険へ加入していること、また住宅ローン減税の活用等も所得や税額そのものを下げる効果があります。

 

そして、個人の所得額が定まったら税額も算出できます。個人の税金も会社の法人税等と同様に利益(所得)に応じて増減します。また、個人所得額に掛かる「所得税」は「累進課税」といって、所得に応じた税率が設定されており、下記のようになっています。

 

円表記が所得額で、その隣の括弧内が税率です。
195万円以下(5%)
195万円超~330万円以下(10%)
330万円超~695万円以下(20%)
695万円超~900万円以下(23%)
900万円超~1,800万円以下(33%)
1,800万円超~4,000万円以下(40%)
4,000万円超(45%)

 

なお、住民税は全国どこでも所得に対してほぼ10%と決まっています。社会保険料は給与に応じて負担料が定まっています。これらを合わせたものが個人の税金等の負担分となります。

 

なお、法人税等でも会社の規模や所得によって税率が設定されており、所得が多いほど税率も高くなるように設定されています。しかし、会社の場合は優遇措置や助成金制度等もあるため、一概に個人と会社でどちらの負担割合が高いかとは言えない面があります。

 

以上のように、税法を理解して役員報酬を損金として計上することは重要ですが、一方では役員報酬に掛かる負担も見過ごすことはできません。自分一人で考えられることには限りがありますので、信頼のおける税理士を見つけて、相談しながら役員報酬を定めるのが、上手な役員報酬の決め方と言えます。

 

 

7 まとめ

会社設立時における収支計画と事業計画、役員報酬の決め方について、近年の傾向を踏まえ、その重要性とポイントを解説してきました。記事の中では、様々な要素を語り、プロセスを示したため多少複雑な印象を受けた方がいらっしゃるかもしれません。しかし、事業計画書自体は、夢を語り、そこに到達するためのプロセスを記載するという、至ってシンプルなものを想定しています。

 

金融機関を含め、ステークホルダーにとっては、「結論から言ってくれ」と言うのが本音です。これは、事業計画書の作り手側から言うと「掴み」の部分です。そして、次に、「なぜ?」「どうやって?」と興味を示し、読み進めてもらえる(又は質問してもらえる)事業計画書がベストです。「結論」は、相手にとっては「理想」に見え、自分にとっては叶えたい「夢」です。

 

それを実現するための様々な要素(明確な根拠)を網羅することができれば、見た目はシンプルでも、実現可能性の高さを感じ取ってもらえる事業計画書を生み出すことができます。計画のバックにある様々な要素は、補助資料として用意しておけばいいのです。今回の記事をご参考いただき、一人でも多くの起業家が、夢を叶える第一歩を踏み出すことを祈念しております。

 

 


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